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観測者の足跡

観測者ハ足跡ヲ残シタ。

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PSYCHO-PASSゼロ -名前のない怪物ー

 
「気に入らなければ俺を撃て」




PSYCHO-PASSゼロ 名前のない怪物。
サイコパスの原点であり、主人公狡噛慎也が執行官に降格するそのきっかけとなった「標本事件」。
全ては此処から始まった、と言っても過言ではないこの事件の真相が描かれた本作。
サイコパスという作品をきちんと理解し、そしてその台頭である狡噛慎也を”知る”という意味でも、この一作は絶対に避けて通れない物語になるだろうなと、サイコパスにハマって少しした頃に思うようになっていました。

一期本編に、標本事件や佐々山光留という人間が出てきたのはほんの僅かなシーンや回のみ。こんなにも重要で作品の原点でありながら、その真相や顛末は殆ど明かされていませんでした。
けれど、その断片的な情報から、はっきりと伝わってくるのはこの事件が齎した結果が、この物語に、狡噛慎也という主人公に、甚大な影響を与えたという事。人の人生、性格、価値観すらも180度変えてしまったその事件が一体どんなものだったのか、より深く知るために、読破させて頂きました。
以下、ログを残す意味でも感想をば。
ネタバレアウトな方は閲覧を控えて下さいませ。


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ー前置きー
この一冊を読む前、公式設定プロフィールこと「オフプロ」を読み、そこには標本事件の一連の流れが収録されていました。
佐々山光留の経歴、犯人である藤間幸三郎の不可解な経歴、2係の青柳監視官が作成した4件の連続殺人事件の捜査報告書、そしてこの過去編である標本事件の真相を作り、名前のない怪物の執筆者でもある脚本家・高羽彩さんの解説。
そこに記されていた情報としての「標本事件」は、なかなか衝撃的なものがありました。
4人の犠牲者がどのような状態で”展示”されていたのか、その詳細データも記載されていますし、この事件に関する狡噛慎也の立ち位置の解説もされていて、設定としての情報はかなり密に練られていたのが解ります。
そして私自身一番衝撃的だったのが、展示された佐々山の死体のラフ画なんですよね。
これはかなりびっくりだったんですが、本編の絵面というのは結局一瞬だったり陰陽が施されていたりで、それなりに「見にくい」仕様になっているんですよね。ライトに照らされているので部分的にそれが死体であるという事は解るんですが、規制の意味もあってか詳細に何がどうなっていたのかという事は暈してあったんですね。
しかしラフ画は陰陽なんて付いてませんから(制作サイドが使用するものですし…)線画としてその死体の全体像がくっきりと描写されています。体のどの部位がどうなっていたのか、それはもうはっきりと描かれているわけです。
これを見た時、暫く何も言えませんでした。思った以上の惨さと壮絶さで…。
あの粗雑ながらも良き兄貴分な佐々山さんが、なんでこんな状態にならなければいけなかったのか。そんな感情が沸々と湧いてきました。
それがあって、「これを読まなくっちゃ!」と一読の背中を押した面もあります。けれど同時に、読むにあたってかなり覚悟しなければ…という思いも感じていました。


ー標本事件ー
この物語を形成する一つである広域重要指定事件102、通称標本事件。
人体をプラスチック状に変質させる「プラスティネーション」という特殊な樹脂を用いて、死体をまるで「作品」か何かのように飾り、街中に設置するという惨忍極まりない4件の殺人事件。
この卑劣な犯行の犯人は私立女子高の社会科教師・藤間幸三郎だった。
彼の犯行に翻弄されながらも、真実に辿りついた公安はしかし、上層部命令により彼の身柄は有耶無耶にされ、且つ書類上は被疑者不明、未解決事件と断定され捜査本部解体で終結。
此処まではアニメ本編でも十分語られ、オフプロでもその旨は記されておりました。
しかしその中身を紐解いてみると、語られていた情報はほんの上澄みであり、事件の真相は極めて深い、闇を想わす深淵のようでした。

本編では一切語られる事の無かった藤間という人間の内面と異常なまでの狂気。そこには歪み切った人生の恐ろしさが映し出されています。そして彼の凶行、その背景には、シビュラシステムに見捨てられた一部の人間、時代から切り捨てられた社会の闇が広がっていました。

舞台の一つである廃棄区画「扇島」
超巨大区域である此処は、魔物の巣窟のようで。ある意味シビュラの目が届かない無法地帯です。そこに人知れず蔓延る殺意、そしてそれを隠蔽しようとする悪意。
そもそもなぜシビュラによって最大多数の最大幸福が実現したと言われる社会で、廃棄区画なる無法地帯が黙認され放置されているのか。その理由を知ると、シビュラが如何に内と外を寄り分けているか、自らの存在に従う者には最大の恩恵を、拒絶する者には干渉の拒否を。そこには公にはしないが、確かに存在している明確な「体裁」と「本音」が見え隠れします。
シビュラの負の遺産とも言える環境下で育った藤間幸三郎の殺意が引き起こした標本事件。その事件の裏側には、この世界観の根底を支える「シビュラシステム」という物がある。このシステムが如何に不完全であるかがまた一つ、露呈された事になります。

一方で4人の犠牲者。本編で語られただけの内容では彼らにどのような接点があったのか不明で、一見すると無差別にも思えますが…。その全てが一つの事に繋がっていて、その繋がった先に藤間がいます。それが判明した時の「ああ!そういう事か!」という合点のいきようは「刑事物」ならではでしょう。

そして重要な人物でもある桐野瞳子という女の子の存在。
4人の犠牲者には含まれていないものの、彼女もまた悲惨なこの事件の”犠牲者”ともいえます。命こそ奪われませんでしたが、もはや彼女の人生は「死」と大差ない状態ですし…。肉体の生命維持が保たれているかいないかの違いしかない。
彼女を妹と重ね、慕っていた佐々山との関係。初めこそ険悪でしたが扇島で幾度か邂逅し、接近していったこの二人の関係性も非常に面白かったです。しかしこの結末も苦い結果となってしまいました。
というか、あの槙島を撮影したピンボケ写真。あれは瞳子が撮影したものだったんですね。
最終的に狡噛の元へ行ったこの写真には、佐々山と瞳子、二人の想いが込められており、狡噛は実質二人分の想いを背負って生きる事になるんですな。

事件そのものは、複雑怪奇な社会の捻じれや組織の抗えない構造を絡めつつ描かれ、とても味わいの深いものになっています。
それでも地道に直向きに生きる刑事達の姿が、シビュラの支配下にありながらもとても人間らしく、同時に愛おしいものに見えました。
 ここで生きているのは人間なんだと、高羽さんのメッセージが込められているようでした。



 
ー狡噛慎也と佐々山光留という二人ー
当時監視官だった狡噛は年齢でいうと25歳。20歳で入局し3係に配属され、それを経て1係に転属してますから、刑事歴は5年という事になります。
正直、過去の彼に尽いては、本編でも殆ど語られていません。本編で描かれた、切れのある刑事の勘を持ち、猟犬の嗅覚を存分に働かせて、速やかに事件を解決に導く狡噛執行官では無い。彼の知られざる元の内面を知ることができます。
そう、別の内面では無く、元々の、狡噛慎也という人間性が垣間見られるわけです。

元々の彼は誠実、実直が人の形になったような、歪みの一切ない、超が付く程真面目で正義感の強い性格だったんですよね。どこか配属当初の朱ちゃんに似ているような。真っ直ぐさが際立ちながらも、良識的で飛びぬけて優秀。所謂エリートらしい人間でした。でもそれは必ずしも刑事として立派である、という結果には結びつかない。
監視官である彼は、シビュラシステムの決めた”監視官”という枠に入っている事で、多くに干渉する機会を持つ事が出来ず、故に無知であり経験不足から頭でっかちになっている一面がありました。そして優秀であるが故に柔軟性が欠け、理屈が先行してしまって融通が利かないという面もあったようです。
 
監視官と執行官。その区分けをざっくりと、解り易く言ってしまえば、潜在犯の思考を把握し、その犯罪係数に応じた処罰を執行するのが執行官。その執行官を使役し、彼らの執行を見届けるのが監視官という立場です。
監視官という立場は、執行官を御して事件を解決に導かなければならない為、彼らと必然的に関わらなければならない一方で、自身のPSYCHO-PASSも常にクリアに保って居なければならないという微妙な立場に立たされています。それ故に監視官と執行官の間には、チームであるという仲間意識や信頼関係と、飼い主と猟犬でありその力関係には常に一線を引いて明確にしていなければならないという二つの鬩ぎ合いが存在しているのです。

狡噛もまた、この鬩ぎ合いの中で葛藤と苦悩を抱え込むことになりました。
刑事の勘を持ち、頭や成績の良さだけでは到底追いつけない研ぎ澄まされた思考を持つ佐々山に、劣等感を抱きつつも羨望を募らせていく。
遠のき過ぎれば理解には到底及ばず、狡噛自身が要求する『仕事上の信頼関係』を確立する事は不可能。近づき過ぎれば潜在犯である佐々山に自分のPSYCHO-PASSも近づいていくこととなり、それは人から潜在犯への転落を意味する。
最適な距離感が掴めずに、藻掻き、答えを模索します。

苛立ちや珍しく嫉妬を抱える狡噛と、突然齎された不幸な知らせを自身でどう宥めるべきか解らず自棄になる佐々山。この二人の摩擦が最大限に達した時、二人は激しくぶつかり合います。
しかしそのぶつかり合いを経て、再び歩み寄ろうとする所に思わずグッときます。
老婆心から絶妙なタイミングで藻掻く若者の背中を押してあげるとっつぁんも素晴らしいですし、自分の過ちを認め謝りに行く辺りに狡噛の人柄の良さ、本質の素直さもよく出ています。
狡噛は執行官に落ちる前、こんなにも愛嬌のある性格だったのですなぁ。
それは彼自身の資質もあるでしょうが、シビュラシステムに培養された「優等生」だったから、というのも少なからず影響していそうですね。
 
佐々山という人間に尽いてですが。粗雑で女好き、面倒臭がりで適当そうに見えながら、実は思慮深くて面倒見も良く、何よりズバ抜けた刑事の勘、素質を持った兄貴分。表面的な性格的思考はぼんやりと解っていましたが、彼がどういう人間で、どういう生い立ちを辿って猟犬となったのか、その全貌は謎に包まれていました。その彼の少し踏み入った内面がこの一冊に綴られています。
シビュラシステムが普及した世界では数奇と言われる運命を辿った家庭環境。その所為で家族はバラバラになり、もっとも辛い不幸が佐々山の身の上に降りかかっていたとは…。この辺りの真実は非常に驚きでした。

なんでも、サイコパスに於ける過去編の設定を担当した高羽さん。初期段階では人物や相関図設定しかなかった佐々山光留という人間の内面や生い立ちを設定したのは彼女なのだとか。
その彼女が思う「良き兄貴分」が前面に押し出された、良い意味で目の粗い粋なお兄ちゃんとして描かれています。何より、彼の刑事の勘はとても鋭く、バラバラの情報を一つ一つ推論立てていく様子は、後に執行官に落ちた狡噛にも通じるものがあります。

ぶつかり合いながらも監視官、執行官という立場の壁を越えて、一人の人間として向き合った二人が本当の「相棒」になっていく過程には胸が滾ります。
自分の理屈を少しずつ軟化させ、佐々山の柔軟さを吸収していく狡噛。
狡噛の成長を頼もしく思いながらも、刑事の先輩として大切にしたい、守りたいと願う佐々山。
人間として大事な物を得ていく二人でしたが、その境界線を曖昧にしてしまった代償が決定的な結果を引き寄せます。

瞳子を攫った藤間を追い掛け暴走を始める佐々山。彼の目には瞳子と、彼女に重なる妹の姿しか映っていなかった。
あの時、佐々山を止められるのは監視官である狡噛しかいなかった。けれど、狡噛は佐々山を止める事が出来なかったんですよね。欲しくて堪らなかった佐々山との信頼関係。仕事上の立場を逸脱して大きく膨れ上がってしまった友愛から、狡噛は”撃つ”事を躊躇い、結果佐々山の行動を許してしまう事に繋がってしまった…。
この件は読んでいて本当に辛かったです。
佐々山を殺害したのは藤間であり、その裏で手を貸していたのは槙島ですが、彼の死んだ因果の中に狡噛自身の優しさが含まれていたとは…。立場を見誤った優しさや情が、仇となってしまった。計り知れない後悔を感じた事でしょう。

佐々山亡き後、遺品の整理を行う狡噛が描かれています。そこで初めて、狡噛は佐々山が残した槙島の写真を手にするんですよね。そうして彼が生前、最後に残した言葉。「マキシマを追う」「この事件、奴が裏で手を引いている」という言葉を反芻し、復讐心を滾らせます。
そうして、彼の残していった煙草の吸殻から吸えそうなものに火を付けて口に咥える。狡噛が煙草を吸い始めた瞬間が描かれておりました。
佐々山の煙草を吸い、彼が纏っていた煙を取り込む事で、彼自身を自分の中にトレースする。
狡噛が執行官としての刑事の勘、鋭さを身に着けるその最初の一歩でしょうかね。
感化されやすく、且つなんでも吸収してしまう狡噛の性格上、佐々山の性格や癖も吸収し、あんな風になってしまったのかもしれません。或いは、自身の中に取り込むことで、佐々山を自分の中で生かしている、とも考えられるかもしれませんね。

佐々山の死後、どんどん深みに落ちて行く狡噛を見て、それが彼の犯罪係数が上昇していった過程なのかなと思いました。
本編放映時には佐々山の遺体を見て、一気に上昇したのかな?と思っていましたが、一時的に冷静さを取り戻していた事、遺品整理をしている事、近いうちにサイコパスの定期検診があると匂わせている事を考えても、あの時から段階的に上昇して(多分喪失感や虚無感からケアする事もしなかった)、定期健診で引っかかって監視官退任に至ったと解釈しました。
そこから一気にあの切れのある執行官としての狡噛になった!というよりは、三年の月日を掛けて今の狡噛に変化し朱に出会ったという、ゼロ→一期が緩やかなカーブを描いて繋がったような気がします。


ー総括ー
購入以前からバッドエンドは解ってましたし、サイコパスの世界で起きる猟奇殺人ですから、残虐性の高さもある程度覚悟はしていました。しかしはやり、後味の苦さは尾を引いて残ります。
でもこれが「サイコパス」という世界なのでしょうね。
終わりの締め括り方に尽いて、あまり詳しく描かれておらず、客観的な視点で描かれているのは高羽さんが用意した「想像の余白」なんだと思います。
流れの要点だけを記して、あの時期の年表と、本編で断片的に登場した佐々山の遺体発見の描写。それらを読者が読者なりに自由に組み合わせて補完する。そうする事でこの一冊の「遊び」と「余地」を残していると思うんですよね。
はっきりしてほしい!という方にとっては物足りないになってしまうのかもしれませんが、考察や想像を膨らませてゼロと一期、監視官時代の狡噛と執行官になってからの狡噛を繋ぐその流れを読者に委ねるというやり方は、書籍としての存在価値、印象が大いに残るのではないかと思います。
感情的に言うと「後味が苦い。心の整理着けるのが大変」なんですが、物語として見ると非常に面白く、サイコパスのエピソードとしてはかなり上位の物語なんじゃないかな!と思う次第です。
高羽さんの書き方や使用されている形容も個人的に非常に好みですらすら読めましたし、深い部分まで想像する事が出来ました。
コパスファンでまだ読んでないって方に猛プッシュでオススメしたいエピソードです。
この世界や人物をより深く感じる意味でも、もっと沢山のコパスファンの手に渡るといいなぁと思います。



ー追記ー
今年秋に発売された文庫版を今回読ませて頂きましたが、こちらは単行本とは違い挿絵がありません。オール文字なので、ひたすら文字を読みふけりたい!という方にはオススメですが、挿絵を期待されている方は単行本の方が良いのかもしれません。(丈夫ですしね)
しかし文庫版にはこの為に書き下ろされたSSが収録されています。
公安局刑事課1係に齎された一つのクリームパン。それを巡って大の大人の男共3人が、小さな騒動を巻き起こします。
本編の苦い後味を中和してくれる笑えるエピソードなので色相が浄化される分、文庫版の方が精神的なダメージの回復は早いかもしれません(笑
なにより、クリームパンを世界規模の話に発展させる狡噛の賢いのか莫迦なのかよく解らない茶目っ気っぷりに癒されます。監視官時代の彼は、ギノさんに負けず劣らず天然さんだったのかもしれませんな。歪み一つない真っ直ぐさが愛おしいです。慎也くん、可愛いよ!!!
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