忍者ブログ

観測者の足跡

観測者ハ足跡ヲ残シタ。

伏~鉄砲娘の捕物帳~


 
 
 
 
   猟師と獲物の間には、見えない糸があるという…。
 
 
 
 
 
 
 ご無沙汰しております。久々の更新です。
某動画サイトで、マモの某ラジオ番組を視聴してる時に、伏という作品に出ましたよー!という話を今更聞いたワタクシ。何でも、里見八犬伝をモチーフにしつつ、全く新しい八犬伝のお話だと知り、検索サイトで調べてみると、あら面白そう。
色彩豊かで、絵のタッチも優しくて、でも何処か漂う風情に興味がむくむくと湧いてきまして…。早速某レンタルショップで「伏~鉄砲娘の捕物帳~」を借りて視聴致しました。

この作品は浜路という山育ちの腕の良い猟師の娘が、祖父の死をきっかけに唯一の身寄りである兄の住む江戸へ向かう所から話が始まります。
そこで目にしたのは、活気あふれる江戸の町と、人目に無残に晒された五つの犬の首。その犬達は、人と犬の間に生まれた「伏」(ふせ)と呼ばれる人外の化生だった。彼らは人の生珠(いきだま)を食らう者達で、人はそれを恐れ、将軍徳川家定が下した伏狩り令なる退治の命により既に五匹の伏が狩られた後だった。
山で、「食べる為、生きる為に」動物を狩っていた浜路にとって、食べる以外で狩られた命が無残に晒されている様子を目の当たりにして絶句するも、その矢先彼女は輝く白い髪を持った一人の青年と出会う。
彼は名を信乃(しの)と言い、江戸の民が恐れ、或いは血眼になって行方を捜す、伏の一人だった。
男勝りな浜路と、人に自らの正体を「伏」せて生きる信乃。
狩る者と狩られる者。
二人は出会う事で、それぞれの立場を見詰めながら、「生きる事」と「繋がる事」を知る。


と、まぁ。ワタクシ的大まかなあらすじは、こんな感じでしょうか。
こう見ると、解る人には解ると思いますが、モチーフとなった有名な「南総里見八犬伝」。これの内容とはまるで違う内容なんですよね。(私自身、熱心に里見八犬伝を読んだ訳では無いんですが、小学生の頃に読んだ漫画版は確か玉梓の怨念やら何やら。そもそも八犬士はヒーローでは無かっただろうか…?)
よくよく調べてみると、この伏の原作となった「伏 贋作・里見八犬伝」自体が新解釈で作られた物で、それを劇場アニメ化するにあたって更に再構成された、言わば二重に改変された作品なんですよね。
私は南総の方も、贋作八犬伝の方も詳しく知らないまま見てしまったので、色々と新鮮さを味あわせてもらいましたが、登場人物の名前にしても、随所にちりばめられた演出にしても、南総や贋作八犬伝を知っていると「お、これあの場面か」とか「こう変更してきたか」と、ニヤニヤできる…かもしれない要素もあるそうなので、興味のある方は是非見てみては如何でしょうか。


以下、この作品の感想なんかを少々。
ネタバレ含みますので、それでもおkという方は「つづきはこちら」から読んで下さいませ。




まず、最初に通して見た時、真っ先に感じたのは色彩の美しさでした。
濃淡の色合いが随所に感じられて、桜の舞う江戸の街並みを浜路が道節の家から眺めるシーンは本当に美しかったです。吉原のシーンでは一転、男の天国に相応しい艶やかで派手な色が溢れていて眩しいのに、節々に感じる薄暗さはどこか切なくて。吉原という花街の明暗を表しているようでした。

主人公にしてヒロインの浜路。今回はまさしく彼女の成長物語でした。
山で育って、山の事には人よりずっと詳しいのに、それ以外の事の知識はまるでない。自分が女であるとか、そういう概念は確かに山で狩猟して暮らしていれば、あまり必要のない概念でしょうしね。
人との関わりや人間社会の機微とは無縁だった彼女が、山を下りて江戸に行き、そこで怒涛の経験を重ねていく。
人が溢れて、活気があって、決して裕福では無くても皆のびのび暮らしていて。多様な商売にただただ驚くばかりで。
人が良くも悪くも人と関わりながら生きて行く。それは浜路にとって、全く別の世界に足を踏み入れたも同然だったでしょう。
そんな彼女が出会ったのが信乃だったんですよね。
最初は彼が伏だなんて知らなくて、でも不思議と惹かれていった。
信乃が心の底で抱いていた「誰かと繋がりたい」気持ちが、浜路に届いていたのか、それとも彼が持つ何処か不思議で、何処か優しい雰囲気が自然と彼女を引き寄せていたのか…。

浜路は自分が女である事に全く頓着していなくて、どこか男女の区別をされる事に戸惑いを感じているようでした。山ではそんな必要無かったのに、江戸は「男」と「女」がはっきりと区別されている。初めての感覚だったのでは?

今作の意図が「浜路は女として成長していく」という物の通り、長屋で暮らして、冥土と友達になって、そして信乃に心惹かれていく事で、彼女は一人の女性として成長するんですよね。
でも、心想う相手は伏で…。
信乃は仲間を殺した命令を下した将軍家定に、復讐することを決めていた。そうして浜路は狩る者である事、伏(じぶん)は狩られる者である事を告げる事で、決別しようとした。
その鉄砲で殺せよ!って言われたのに殺せなくて。泣きながら橋の上を歩いて行く浜路が印象的でした。嗚呼…恋してたんだなって。


信乃は信乃で、きっと浜路の事を想ってたんだと思うんだよね。でも、自分には仲間の弔い合戦をするという、やるべき事があった事。たった一人、孤独に生きて行く勇気が無かった事で、浜路を突き放した。私的解釈だけど、信乃は最初から家定を倒した後死ぬつもりだったんじゃないかなって。芝居の後で信乃はひょっとしたら、自分が伏である事を浜路に打ち明けるつもりだったのかもしれない。ただ、伏狩りをする侍達によって阻まれ、浜路の命を救う為に正体を明かす形になってしまって、結果ああなってしまったのかもなぁって。
でも内心、手放したくなかったと思う。
毛並み(髪)が綺麗って言われて、「変な奴…」って言いながらもちょっと嬉しそうな横顔とか、助けてくれた礼だからって上等な着物を見繕ってプレゼントする所とか、名前を聞かれて覚えててくれるだろうか?と問いかける所とか。女として意識していたという以上に、惹かれていたんじゃないかなぁって。
でも一方で七匹いた仲間達が皆殺されて、自分一人になってしまった事に対する深い悲しみや、寂しさは見ていて辛いものもありました…。

そして忘れちゃいけないのが凍鶴のエピソード。
七匹目に、浜路と兄・道節に狩られた伏は、花魁の最高位にまで上り詰めた妓女・凍鶴という太夫だったんですな。
彼女には親兵衛という、伏と人との間に生まれた息子があって、月に一度だけ客のフリをして吉原に来る信乃の引き合いによって、親子に戻れるという切ない境遇にあった。
そんな彼女は約束の日を十日以上経っても会いに来ない息子を思いながら、浜路に手紙を託してお歯黒溝に首を落として絶命する訳ですが…。このシーンが何とも言えず切なかった…。
私も子供を持っている身なので、胸が苦しかったです。

実はこれ、最初から伏線張られていたんですね…。初見では全く気が付かなかったんですが、二度目に見ると最初に浜路が江戸に入った時に見た伏の首が晒されている場所。あそこに六匹目の首として子犬の首と「親兵衛」と書かれた紙があるんじゃないですか!しかもその首を狩ったのは信乃を追い掛ける伏狩りの侍・馬加。それも浜路が江戸入りした日の朝という…。(ひょっとして信乃が馬加を嗾けたのは、親兵衛を狩られたから…だったのでしょうか)
更に更に、吉原で信乃と再会した時、彼は浜路に「確かに女に会いに来たけど、伝えないといけない事があったから。でも会えなかったから帰る所だ」と言っていました。後々思えば、あの日信乃が吉原に居たのは凍鶴に会うため。その伝えないといけない事こそ、親兵衛の死だったのでしょうな。うう…悲しい…。

結局凍鶴は幼い息子が先に死んでいるとは知らずに、親兵衛に宛てた手紙を残して死にました。
その行く宛ての無くなった手紙を浜路は冥土に読んでもらう訳ですが…。これもまた切ないっっ。母の愛情が溢れてました。
伏だって、花魁だって、関係ない。凍鶴は間違いなく「母親」だったんですよね…。



母と息子。伏でありながら、お互い離れていても励ましあって、繋がりあって生きていた親子。
その手紙を握りしめて、浜路は復讐へ向かう信乃の元へ走ります。
江戸の城の最上階で待っていたのは、村雨丸が憑依した家定。これは里見家の怨念とも言って良いと思います。犬の子を宿した伏姫に激怒する様子から、そう察しました。
家定自身、開国に江戸の城下に、将軍という役職に、徳川という家に、ただならぬ重圧を背負って生きてきて、目には見えない恐怖に晒され続けていたのでしょう。そこをつけ込まれ村雨丸に心を乗っ取られてしまうとは…。
村雨丸に宿る里見家の怨念と、伏最後の生き残りの信乃が対峙する場面は、演者であるマモと野島さんの熱演で見ごたえありました。
「我が娘が犬の子を宿した。それこそが間違いだった」という怨念に対して、「何故受け入れない!?」と叫ぶ信乃がまた切ない。心からの叫びのようでした。
紛い物、偽物、贋作。けど、紛い物だって、必死に生きていれば本物なんだ。人で無くたって、必死に生きていれば人と同じように生きる権利がある。そう言っているようで、伏が人の世ではあまりにも悲しい境遇の存在なのだと思いました。

信乃の心の叫びが届いたのか、家定は自分だって世の為、家の為、人の為に必死に生きてきたんだと思い出し、村雨丸の怨念から解放されます。けれど、信乃は家定の生珠は食べないんですよね…。そんな人間の生珠を食べてしまうと惨めになる。信乃の中の矜持が家定の命を救うんですよね…。

「相子」にする事で因果を経ち、復讐を遂げても信乃はたった一人で。仲間もいない。
彼は天守閣の天辺から飛び降りて命を絶とうとするけど、浜路がそれを止める。獣を狩り、命を繋ぐ為に命を狩っていた鉄砲で、信乃の命を救う。この演出にぐっときました。
そうして凍鶴が息子に宛てた手紙を信乃に渡すんですよね。
伏でも励ましあって、誰かと繋がっていれば生きていける。生きていていいのだと。
爆風の中、「生き残ってしまった事を、後ろめたいと思わないで」という浜路の台詞が胸を打ちます。これって、東日本大震災の被災された方々へのメッセージでもあるんだそうですね。あの震災で心を痛めた方々がいる。その方々に届くように…そういう願いも込められているんだそうです。
「本当に辛くなったら、私の生珠食べても良いから…」だから生きる事を諦めないで。
そう言ってくれる浜路に信乃は「繋がっていてくれるか?」と問います。凍鶴親子のように、生きるために心と心で繋がり合う。
信乃が浜路を抱きしめて、絶望の涙から嬉し涙を流し叫ぶシーンはとても良かったです。

その後から一年半。すっかり女の子として江戸の町で生きる浜路の元に、江戸の町から去った信乃から一通の手紙が届く所で、このお話は幕を下ろしています。
信乃が浜路の元を去るシーンは描かれていなかったので、解釈するしかないんですが、もしかしたら浜路は狩りをしない。信乃は生珠を食べない。そのお相子を守るために、人のいる町を去ったのかもしれません。それは山の中かもしれないし、それこそ伏の森かもしれない。でも何処に居たとしても、浜路と信乃は「手紙」という物で確かに繋がっていて、それがあるからお互い生きる意味や理由になっているのかな、とも思いました。



総評として、事前知識の無い段階で見てしまうと、映画の時間的に端折られている部分も多く、置いてけぼりを食らう可能性もあるんですが…。二度、三度と見返す事で、味が出てくるスルメ作品なのかな、と思います。
足りない部分は考察などを見る事で、更に自分なりの解釈を広げる事もできます。
何より登場するキャラクター達は皆個性的で、どこか憎めない、愛嬌のあるキャラばかりなので、そういう面でも面白い作品ではないでしょうか。
ただ、あまり小さなお子さんには視聴は向かないかもしれませんなぁ…。
犬の晒し首もそうですけど、血が結構リアリティな色彩で描かれていたりして。少々血生臭い場面もあります。更に吉原が出てきますから、当然色香や情事を匂わせる演出も随所に出ます。いやらしいくらいに男女を表現する箇所も、見ようによってはありますから、大人向け作品と言えるかもしれません。

それにしても…信乃は本当にイケメンです。イケメンですよっ!
マモの演技と声は文句なしですが、信乃の何処か飄々とした風体とか、犬っぽい人懐っこさとか素敵ですし、何より何より、歌舞伎劇団・深川一座の看板役者、大森黒百として伏姫を演じるシーンなんて、圧巻の一言。女形の歌舞伎役者として、本当に妖艶で美しい限りです。(最初、あまりの美しさにびっくりしちゃいました)
浜路との淡い恋の距離感も堪らなく美味しいので、そこも見どころでしょうな。

そしてこの作品は演者の声優さんも豪華ですからね。浜路役の寿さんに信乃役のマモを始め、水樹奈々さんに、神谷浩さんに、野島裕史さん藤原啓治さん阿部敦さんと、もう本当豪華です。
一度ならずとも、繰り返し繰り返し見て、伏の世界が私達に伝えたかった事を紐解いて頂けたらと思います。
PR